節分の“豆知識”
本日2月3日は節分。
ご自宅で豆まきをしたり、恵方巻きを食べたりする方も多いのではないでしょうか?
節分はどんな行事なのか、“豆”知識を知って「鬼は外!」「福は内!」をしましょう!
Q 節分とは?
本来、節分とは「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日のことをいいます。節分は、季節を分けると いう意味があり、立春・立夏・立秋・立冬は季節の始まりの日であるため、それぞれの前日は季節の変わり目にあたり、それが節分だったのです。
現代では2月3日だけが節分になっていますが、これは4つの季節の中で「立春」が最も重視されていたためです。春の訪れである立春は 1 年の始まりでもあり、とくに待ち望まれていました。徐々にこの考えが強まり、立春の前日だけを節分と呼ぶことになったのが現代の節分の由来だと言われています。 今では12月31日が大晦日、1月1日が元旦で新年の始まりとなる日ですが、昔は立春が新年の始までした。そのため、立春の前日である節分が大晦日だったのです。節分は、もとは宮中で大晦日に行われていた行事で、来たる新年に向け、厄や災難をお祓いする行事が行われておりました。
Q 鬼ってなに?
日本語の「おに」は、「隠(おん):隠されていて目に見えない存在」の音が転じたものであると言われています。また、漢字の「鬼(キ)」は、元々は「死者の霊魂」を表する文字で、現在でも中国語で はこの意味で用いられています。その「鬼」は東洋思想で「鬼門(きもん)」と呼ばれた北東、すなわち丑寅(うしとら)の方角からやってくると考えられていました。そこから「牛」の角と「虎」のふんどしというポピュラーなイメージに結びついたようです。
鬼は「怖い」「邪悪」のシンボルのように扱われますが、果たして本当に悪いものなのでしょうか。
「知らぬ神より馴染みの鬼」ということわざがあります。ありがたい神様でも近づきがなければ自分と は無関係、逆に鬼でも身近な存在の方に親しみを覚えるということ。どんな人でも身近な人の方が、よく知らない人よりも良いという例えです。つまり鬼は私たち人間の化身なのではないかと思うのです。
まず自分の肚のうちに聞いてみて向き合ってみること。自分の心を置いてきぼりにして蓋をしたり、 「こうしなければならない」というノイズに振り回されていると、自分がどんどん無くなっていく。そのうちに鬼のようになってしまうのではないでしょうか。
日本には「桃太郎」や「こぶとりじいさん」など昔話に鬼がよく登場します。また鬼を使った諺が多くあります。たとえば「心を鬼にする」とは相手のことを思って叱ってあげること。
「泣いた赤鬼」という絵本は深い人間の優しさと慈悲に胸が締め付けられる想いになりますよね。「勉 強の鬼」など「○○の鬼」は人の何倍も努力をしている人を指します。「鬼」という存在自体が私たち 日本人にとって嫌われているのではなく、自分を映し出す鏡のような存在なように思います。
Q 節分はいつからやってるの?
節分の豆まきの由来は飛鳥時代からの「追儺」と呼ばれる宮中行事だと言われています。
鬼を払う役人が矛と盾を持ち、貴族たちがそれに従い、鬼を追いかけまわす行事です。元々は中国の行事であり、疫鬼という疫病をもたらす鬼を魔除けの力がある穀物で、追い払うというものです。東洋の伝統的な陰陽五行(いんようごぎょう)思想では、季節の変わり目には邪気が生じるという考えがあります。また、かつては新しい日は夜から始まるとされていました。このことから節分の夕暮れに、邪気を払って清々しい新年を迎える「追儺(ついな)」の儀式が生まれました。
追儺とは、元来は悪い鬼を追い払う宮中の年中行事で、「鬼やらい」「なやらい」「大儺 (たいだ)」 「駆儺 (くだ)」とも言います。古代中国に由来するものですが、日本には陰陽道の行事として渡来し ました。飛鳥時代末に日本の各地で流行した疫病を鎮めるため、土の牛をつくって大儺(おおやらい) を行ったというのが「追儺」のはじまりと言われています。
現在、お寺や神社で節分に除災招福のため豆をまく行事は、この古式の追儺と民間の習俗が江戸時代に合流して変形したものだとされています。
Q 豆はどんな豆でも良いの?
節分の豆まきで使われる豆は「福豆」と呼ばれ、本来は升に入れて神棚に供えます。升を使うのは、 「力が増す」という言葉にかけて、縁起がよいと考えられているからです。 福豆として使われる豆は、必ず炒った大豆を使います。豆まき後に拾いそこねた豆からやがて芽が出て くると、縁起が悪いと考えられているため、豆から芽が出てこないように炒るようになりました。 もともと日本では、穀物などに邪気を払う力があると考えられていました。とくに大豆は米や麦と同じくらい重要な穀物として扱われており、魔除けや生命力に関する霊力が込められていると考えられてい たのです。このことから、神事では米についで大豆がよく使用されていたという説があります。また、 暴れている鬼の目に炒った豆を投げつけて鬼退治ができたという説や、魔物(鬼)の目の文字を取って 「魔目(まめ)」になるという説もあります。(鬼は豆が嫌いだそうです) また、豆が発芽する再生力、生命力から生じた考えにもよるものと思われます。
Q なぜ、年の数の豆を食べるの?
年の数だけ福豆を食べることで年齢と同じ数だけ福を体に取り入れるということが福豆を食べる意味だそうです。1つ多く食べることは来年も健康でありますようにという願いも込められているそうです。年の数だけ食べると不老長寿や家内安全に効があるとされています。